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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)411号 判決

控訴人

芝崎キク

控訴人

芝崎郁郎

右両名訴訟代理人

榎赫

被控訴人

永大印刷株式会社

右代表者

森永太郎

右訴訟代理人

山本実

被控訴人

諏訪彰

主文

一、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。

二、被控訴人永大印刷株式会社は控訴人らに対し、原判決添附登記目録第一の一及び三の各登記の沫消登記手続をせよ。

三、被控訴人諏訪彰は控訴人らに対し、右目録第二の一の登記手続をせよ。

四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人らが本件各土地(原判決添附物件目録(一)ないし(十一)の宅地及び山林並びに同目録(十三)の畑)を有していたこと、右各土地につき原判決添附登記目録第一の一及び三の各登記(控訴人らと被控訴会社間の登記。以下右各登記を一括して本件持分権登記という)の存すること、右(一)ないし(十一)の各土地につき同目録第二の一の登記(被控訴会社と被控訴人諏訪間の登記)の存することは、控訴人らと被控訴会社との間においては争がなく、被控訴人諏訪については弁論の全趣旨によりこれを認める。

二そこでまず、控訴人らの被控訴会社に対する請求について判断するに、被控訴会社は右持分権登記の原因事実につき、控訴人らより結局鈴木金弥に対し本件各土地の所有権が有効に移転したことを前提として、右鈴木よりの買受による登記の有効性を主張するものであるところ、〈証拠〉を総合し、弁論の全趣旨を参酌すると、左の事実を認めることができる。即ち、

控訴人らは、昭和四六年四月頃、その共有する本件各土地を処分すべく、中島定夫を代理人として買主を求めていたところ、中島の取引先の知人たる鈴木金弥の紹介により買受候補者として被控訴会社の名が出たが、同会社の信用度が判然せぬため、将来鈴木が同会社に転売するのは格別として、被控訴人らとしては被控訴会社に代えて信用度ありと認められた鈴木に売却することとなつた(但し控訴人側の事情により、便宜控訴人らより中島に、中島より鈴木に順次売却する形式をとることとなつたが、売主はあく迄控訴人らであり、中島は実質上代理人にすぎないことは、鈴木も承知していた)。

かくて昭和四六年九月三日、売主名義を右中島とし、買主を右鈴木とする本件各土地の売買契約が締結されたが、その内容は左のとおりである。

(一)  代金四二〇〇万円。

(二)  手付三〇〇万円即日支払のこと。

(三)  残代金中七〇〇万円を同年同月末日までに支払うこと。売主は右支払を受けたときは直ちに所有権移転登記を為

すこと(但し後段の登記の件は口頭で約定された)。

(四)  じ余の残代金三二〇〇万円の支払等については、後に作成する公正証書の定めによること。

右により同日鈴木は中島に対し、手付金三〇〇万円を支払い、なお右手付を除く残代金三九〇〇万円に対応する被控訴会社振出、鈴木裏書の約束手形数通を交付した(これらの金員と手形は直ちに中島より控訴人らに引渡された)のであるが、それと共に、鈴木は中島に対し、「上記の金七〇〇万円を被控訴会社より借入れるにつき、同会社代表者に登記関係の書類を見せる必要がある。」旨を申入れたので、これを信じた中島は、控訴人らより預つていた本件各土地等の権利証、委任状、印鑑証明等を交付したところ、鈴木は、同日被控訴会社との間に本件各土地等を四六二〇万円で売却する契約を取結び、同会社のため、右各書類を利用して、同月四日と七日にわたり、控訴人らより被控訴会社への本件持分権登記等を経由してしまつた。

しかし右の事態を知らない中島は、上記約旨に従い、鈴木との間で、同月七日公正証書を作成したのであるが、その内容中、上記(一)ないし(四)と異る点は左のとおりである。

(1)  上記(三)後段の移転登記の点を明文化した。

(2)  上記(四)の残代金三二〇〇万円の支払方法は、同年一〇月より一二回にわたる各月払の約束手形による。

(3)  買主は左の制約を受ける。

1 買主は他より金融を得るため本件各土地に抵当権を設定することができるが、売主の承諾なき限り、その回数は二回までとし、またその債務の総額は売主に支払ずみの代金額の枠内とする。

2 買主は、上記金七〇〇万円を支払つて所有権移転登記を得た後も、本件売買代金全額の支払を完了するまでは、売主の承諾なき限り、本件各土地を他に売却処分してはならない。

なお、右公正証書の作成と共に、前叙の如き形式を整えるため、控訴人らと中島間において、日付を昭和四六年八月二四日にさかのぼらせた本件各土地の売買契約書をも作成して、鈴木よりの残代金の支払をまつたが、同年九月末日に至るも上記金七〇〇万円の支払はなく、また上記の約束手形もすべて不渡となつた。

右のように認定することができる。〈証拠判断省略〉

三以上認定の事実関係からすると、本件については、まず控訴人らの代理人中島定夫と鈴木金弥との間に本件各土地の売買契約が行われたものというべきところ、右鈴木は未だ本件各土地の所有権を取得していないものとみるのが相当である。その理由は次のとおりである。即ち、

一般原則として本件の如き特定物の売買においては、その所有権の変動は、当事者間の売買契約なる意思表示によつて直ちに生ずるのを本則とすると解すべきであるが、しかし本件においては、前認定のとおり、

(一)  当事者間において実際に授受された金員は、代金総額四二〇〇万円に対し、僅か三〇〇万円に過ぎない。

(二)  残代金中七〇〇万円につき、その支払と所有権移転登記とが引換給付の関係にあることが約定されている。しかも、右期日と契約日との間隔は僅か四週間位に過ぎず、従つて物権変動の効果を、契約日でなく、右期日に生じさせることとしても、法律関係の不明確・不安定を招く度合が少ないので、当事者が右期日をもつて所有権移転の時期としたと推認し得る余地が多い。

(三)  しかも、右履行後といえども、代金全部の支払が完了するまでは、買主の物件利用・処分権が制約されている。

(四)  本件売買に関し、その目的物件につき本件持分権登記が為されるに至つた事情は前叙のとおりであり、売主側の意思ないし事情に基くものではない。

(五)  控訴人らは、本件取引に当たり、その履行(殊に買主の代金支払の履行)の確実性を期して慎重にこれに臨んでいる。

等の各事実が認められるのであつて、本件取引の経緯、その契約内容等に関するこれらの状況からみると、控訴人ら代理人中島と鈴木との間に締結された本件売買契約においては、その目的物件の所有権移転時期に関し、これを、少なくとも上記金七〇〇万円の支払及びそれと引換に為されるべき移転登記のあつたときとする黙示の特約が存したものとみるのが相当である。

四とすると、鈴木が右金七〇〇万円を支払つていないこと前叙のとおりである以上、同人は未だ本件各土地の所有権(但し畑については農地法所定の許可を条件とするもの。以下同じ)を取得していないものというべく、従つて同人より右各土地を買受けたとする被控訴会社も亦、未だ所有権を取得するに由なきものといわなければならない。

以上のとおりであるから、本件土地についての被控訴人会社の本件持分権登記は、いずれもその実体を欠く無効のものというべきである。《以下、省略》

(古山宏 青山達 小谷卓男)

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